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くろだじょすい
黒田如水
吉川 英治
「週刊朝日」朝日新聞社、1943(昭和18)年1月~8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 163,639 字 · 325 页
そこにも手具脛ひいて伏せていた者がある。躍り立つがはやいか、むずと官兵衛へ組みついてくる。
死力でふりほどいた。梁の揺れるような屋鳴りがした。彼を投げつけたが、官兵衛も共に勢いよく仆れたのである。すかさず、四、五人の武士が体当りに乗しかかって来た。官兵衛の二本の脚は、少なくも四回か五回それらの敵を蹴とばしていた。しかし益なきことを彼はすぐ覚っていた。たちまちその部屋は壁もふすまも見えないほど、荒木家の家士と刃で埋められていたからである。
「どうするのだ、それがしを」
官兵衛は坐り直した。もちろんその両腕はすでに荒縄で後ろ手に縛られている。畳で摺った頬骨の擦り傷から血がふいていた。
「お起ちなさい。われらは存ぜぬ事、ただ主命に依ってお連れする」
「そうか。摂津守のいいつけか」
これだけをいい放つと、彼はもう何もいわず唯々として、曳いて行くところへ曳かれていった。
ここは城楼の上ではなかったが、導いて行く道は、暗い階段を二度も降りて行くのであった。官兵衛はすでに、自分の血を自分で嗅ぐような予感と、そそけ立つ髪の根の寒さを如何ともし難かった。一歩一歩、階を降りつつ、彼は自嘲を抱いていた。