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くろだじょすい
黒田如水
吉川 英治
「週刊朝日」朝日新聞社、1943(昭和18)年1月~8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 163,639 字 · 325 页
この日は、楽しかった。このわずかな緑の嫩蔓に慰められてである。次の日から朝起きても、すぐそこを仰いだ。ほんの朝の一刻であるがうすい日光が射すといよいよ美しい。そして蔓はかならず、一、二寸ずつ伸びている。
「しかし、あれを見ても、もう春は過ぎ夏も近いに。――以来、この城に、魚の跳ねる音しかせぬは、世上の成行きは如何いたしたものか」
彼は微かな憂悶を覚えた。いや、慟哭するだけの精気すら、すでにないのかもしれない。
子を思うより妻を思うより、世を思うとき彼の涙はとまらなかった。平井山の陣中にある秀吉のその後を考え、信長の立場、近畿のうごき、西国の情勢、東国の動静など、限りもなく想像にのぼってくる。
去年の十二月初めころ、この城を中心として、ただならない物音を幾日か聞いた。
そのときこそは、
(さてこそ合戦。織田どのの軍勢が寄せて来たな)
と、独り胸をおどらせ、同時に、ある場合の覚悟もかためていたが、その死を強いて来る日もそれきり訪れて来なかった代り、以来、胸おどるような寄手の喊声もぱったり聞えない。
「織田方の形勢は悪いな。万一にも、毛利の水軍が、舳艫をそろえて、摂津の沿岸に上陸して来たら、ひとり荒木や高山や中川清秀にとどまらず、彼方此方に、離反の旗幟をかざす者が相継いで、安土は容易ならざる重囲の中に取り塞がれよ