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くろだじょすい
黒田如水
吉川 英治
「週刊朝日」朝日新聞社、1943(昭和18)年1月~8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 163,639 字 · 325 页
ならずお見うけされたものを」
と、彼の妻は、繰返し繰返し嘆いて、その折、良人から投げ与えられた松千代の手紙を抱きしめ、ついにはあまりの涙に枕もあがらぬ病の床に臥してしまった。
「何をべそべそ喞つか。もののふの妻が――」
舅の宗円はそう叱っても決して宥りなどしなかった。宥れば宥るほどかえって彼女の女ごころをとめどなく掻き乱すからであろう。つねには嫁にやさしい舅御であるこの人が、ここ十日ほどは鬼の如く叱咤しか与えなかった。
いや、嫁にだけではない。すでに老齢でもあり隠居同様な身分の彼ではあったが、ひとたび息子の官兵衛が伊丹の獄に監禁され、以後の生死も不明と伝わるや、この自髪の老鶴は、
「一族郎党の浮沈、正に今に迫る。老ゆればとて黒田宗円、やわか、この家門の滅亡を坐して視るべき」
と、二十年前の壮気を身に呼び回して、悲報に沈む家中の者を、巌のごとく睨めまわして、騒ぐな、うろたえるな、悲観するな、姫路にはなおわしがいるぞと、朝に夕に力づけていたのだった。
ともあれ、悲報ひとたび伝わるや、姫山を中心とする郷党の出入りは物々しく、人々みな眼を血ばしらせ、門に入れば鼎の沸くごときものが感じられ、早くもここには一死を共に誓う家の子郎党の二心なき者が踵をついで駆け集まっていた。