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くろだじょすい
黒田如水
吉川 英治
「週刊朝日」朝日新聞社、1943(昭和18)年1月~8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 163,639 字 · 325 页
ただねがうらくは、
――どうかして筑前守様が一日もはやくあるべき所にその位置を得られて、諸氏に和楽のよろこびを頒け与えて下さるような日が来ればよい。
それのみを祈って、その扶けのみを自己の任としていたが、病勢は年毎におもしろくない。
(それまで、生きていることは、自分の健康ではむずかしい)
ということを、近ごろでは彼もひとり観念していた。
従って、彼の待望は、まず中国陣の一段落を見るぐらいな所を以て、満足しなければなるまいと思っていた。友にも語らず、秀吉にも語らず、彼はつねに座右の物のうちに、袈裟、数珠などを備えていた。その日が来たら秀吉に暇をねがって、せめて人命を終る前の一年なりとも、高野にのぼって山鶯の声でも聞きたいものと念願していたからである。
「できてもできなくても、ねがいごとを抱いているということは楽しい……おそらくは実現すまい。中国攻略もさように短い期間には片づくまい。さもあらばあれ武人らしく戦場で死にたいものだが」
彼は今も思う。
病骨をのせた馬は、二夜の泊りを経て、美濃路へ入った。そしてすぐ西の山中へ驢のように鈍い脚ですすんでゆく。