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くろだじょすい

黒田如水

吉川 英治

「週刊朝日」朝日新聞社、1943(昭和18)年1月~8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 163,639 字 · 325 页

青空文庫

――むかし、漢土にもこういう話があった」

ふたたび床几へもどりながら、彼は左右の扈従へも眼をくれて語った。

「魏の曹操のことだが。――かつて曹操が麦畝を行軍中、百姓を憐れんで、麦を害すものは斬らんと、法令を出した。ところが曹操自身の馬が飛んで麦田を荒らしたのだ。すると曹操は、自ら法を出して、自ら之を犯す、何を以て、兵を帥きいんやと、自分の髪を切って地に置いたという。……重治、これはいつか其方から聞いた話だったな」

「左様でありましたか」

「信長も髪を切って地に置かねばならん。――予は漢土の風習に倣うものではないが、気持としては、それほど自らを責めておる。重治は直ちに中国へ行って、秀吉を扶けよ。官兵衛は、これから近い有馬の湯へ行って、当分、療養いたすがよい」

信長はまた、

「於松。これへ来い」

と床几の下へ呼びよせて、

「よい子だの」と、その頭をなでながら、

「あれほどな父を持ち、これほどな恩師を持ち、そちはよほど倖せ者だ。さだめし行末よい武勲を持つだろう。重治に従いて中国へ征け。信長がその初陣を祝うてとらせる」

と、自身の脇差を取って、松千代の両手に授けた。