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くろだじょすい

黒田如水

吉川 英治

「週刊朝日」朝日新聞社、1943(昭和18)年1月~8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 163,639 字 · 325 页

青空文庫

「いかぬのは、何が、いかぬのでございますか」

「さればよ。今以て、ふと、うつろになると、半兵衛重治の面影が、忘れ難のうて困る。愚痴には似るが――重治あらばと、身の智慧なさが、嘆かれるのじゃ」

「はて。煩悩な」

「まったく、わしは煩悩だな」

「いや、そう仰っしゃりつつ、一面、この官兵衛に、何ぞ無策なる、はや良計を出しそうなものとの、ご叱咤ではございませぬか」

「はははは。そう取ってもさしつかえない」

二人は哄笑した。実際、半兵衛重治を失ってからの秀吉は、一時ぼんやりしていた。女々しいほど、何かにつけて半兵衛の思い出をよく語るのである。まして、ある折には、こうまでにいった。

(彼の死を見たことは、この筑前にとって、たとえば蜀が孔明を亡くしたよりも大きな悲しみだろう)と。

――そう聞く度に官兵衛は、死んだ友がねたましくさえあった。かくまで良臣を愛慕する秀吉の情に打たれながら、一面には、重治の信望がそれほどまで厚かったかを思うのであった。

(片腕をなくして落胆している主の為に、これから自分が両腕ともならなければならない)

と彼は密かに誓うのであったが、それは余りに気負い過ぎているようで口には出せないものだった。