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ゆきのじょうへんげ

雪之丞変化

三上 於菟吉

「朝日新聞」1934(昭和9)年11月~1935(昭和10)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 344,083 字 · 673 页

青空文庫

六

広海屋は、粋な老人らしく、ほがらかな笑いを見せて、

「太夫ほどのものを、江戸を見限らせては土地ッ子の恥だ。さあ、女たち、しっかりつかまえて、上方を思い出させぬようせねばなりませぬぞ」

六

広海屋、長崎屋、二人とも、雪之丞をすっかり与し易いものと考えて、只、おだて上げ、唆り立てて置けば、好餌にさそわれて、どのような犬馬の労をも取るであろうと、すっかり信じ込んでしまったように見えた。

芸者、末社のにぎわしい騒々しさの中に、長崎屋は、雪之丞に、杯をまわしながら囁く。

「そなたは、今、こうして、このせち辛い世の中に、贅沢な杯盤を並べ立てて、うまい酒を呑んでいるわれわれが、はじめから、いい月日の下に生れて来たものと思うていられるかの? 大違いだ。のう、広海屋さん、お前とても、一時は、店の大戸を下ろさねばならないような羽目になったこともありましたな?」

「そうそう」

と、広海屋は、昔の零落を語るのさえ、今の身の上になった以上は、それも誇りの一つであるように――

「店の大戸を下ろすはおろか、借財に追いつめられて、首をくくろうとしたこともありましたがな――それも、これも、みんな夢物語になってくれましたで――ハ、ハ、ハ」