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ゆきのじょうへんげ

雪之丞変化

三上 於菟吉

「朝日新聞」1934(昭和9)年11月~1935(昭和10)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 344,083 字 · 673 页

青空文庫

九

「ねえ、お初つぁん、おいらは、あの荒波にかこまれた、三宅の島をいのち懸けで抜け出して娑婆の風にふかれてこの方、こんなにいい気持に酔っぱらったこたあねえぜ。それというのも、おまはんが、程のいい人だからよ。何にしてもすばらしく結構な心持だよ。やっぱし思い切って、浮世へ戻って来た甲斐があったなあ――へ、へ、へ、こんな弁財天女のような姐御と、膝ぐみで酒が飲める身の上になれたのだからなあ――江戸中切ッて、ううん、日本中切ってのお初つぁんと、差しつ押えつ――へ、へ、へ、大したもんだ――極楽だ」

「あたしだって、お坊さん、この窖に叩き込まれてから、いわばもうこの世の楽しみは見られまいと覚悟をきめていたのだよ、世間で名うての、そういっちゃあ何だけど、悪党たちに見張られている以上は、土の下でもぐらのように、干ぼしになってしまう外はないと思っていたのさ。そこへ、意気なおまえさんが、寒かろう、淋しかろうと慰めに来てくれたのだもの、あたしの方こそ、生れてはじめてのうれしさだね――さあ、お酌」

「うれしいなあ、ありがてえな――おいらあ何だぜ、これが縁で、おまはんの片腕となって、浮世で働くことが出来る日が来りゃあ、いのちを的だぜ」