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ゆきのじょうへんげ
雪之丞変化
三上 於菟吉
「朝日新聞」1934(昭和9)年11月~1935(昭和10)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 344,083 字 · 673 页
七
「さらば、お供をば致しましょう」
ところが、隠れ家の、さびしい灯の下で、かかる場景が展開されつつあったとき、この、町並みからかけはなれた、隠宅むきの小家の、生け垣の外を、さきほどから、黒頭巾、黒羽織、茶じまの袴に雪駄穿きの、中年をすぎたようなからだつきの武家が一人、さっきから、足音をしのんで、ゆきつもどりつ、家内の容子を聴きすまそうとしていたのであった。
もとより暗い森かげ、人通りもないから、この武家のすがたに目をつけるものもなく、何の邪魔もなく、うかがいつづける事が出来たわけだ。
この黒衣の人物は何者だろう?
土部三斎と、長崎以来、これも深い欲得ずくの関係を結んでしまった、こないだ、広海屋火事の晩非業に倒れた浜川平之進と、相役をつとめて、賄賂不浄財を取り蓄め、今は隠居を願って、楽々と世を送っている、横山五助その人なのだった。
横山五助は、今でも土部家の言わば、相談役のようなことをつとめていたが、浪路の失踪以来、彼女の行方不明が公になったら、単に、三斎、駿河守の一身上の大問題となるばかりでなく、それがきっかけになって、昔の悪業が、天日の下に、曝し出されることになろうも知れぬという懸念から、どうあっても、彼女を探ね出し、穏便にすむうちに、大奥へ送りかえさねばならぬと、いみじくも決心している一人であった。