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ゆきのじょうへんげ
雪之丞変化
三上 於菟吉
「朝日新聞」1934(昭和9)年11月~1935(昭和10)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 344,083 字 · 673 页
一〇
お初が、追ッかけるように――
「いい加減なことをいって、待ちぼうけを食わせると、噛みつくから――」
「大丈夫、わたしとても男――二言はない」
あとを見送って、
「あいつのいったことほんとうか知ら?」
と、口に出してつぶやいた。お初、胸の中で、
――一時のがれの嘘っぱちとも思われないが、さりとて、おいらのこの思い詰めた気持を、あんなに急に聴き分けるとも思われない――口説にかけて、たぶらかす気か、それとも、ことによると、大事を知られて、生かしては置けずというわけか――ふ、ふ、いずれにしろ、おいらも、飛んだ奴に想いをかけてしまったものさ。
銚子に残っていた酒を、湯呑みに注いで、煽りつけて、ふうと、熱い息を吐いたお初は、やがて、これも茶屋を出て行った。
屋外は、もう、いつか初冬らしい、木枯じみた、黒く冷たい風が吹きとおしている。立ちつづく、芝居小屋前の幟が、ハタハタと、吹かれて鳴るのも、寒む寒むしい。
森閑とした通りを、お初は、小刻みに、走るようにいそいだが、その中に、めっきりあたりが淋しくなって、田圃や、杜つづきとなる。
この辺、芝居町が移って来たので、急ににぎやかになったが、ちょいと外れると、まだ田舎田舎したものだ。