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ゆきのじょうへんげ
雪之丞変化
三上 於菟吉
「朝日新聞」1934(昭和9)年11月~1935(昭和10)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 344,083 字 · 673 页
九
ながら定小屋もあって、軽業、奇芸の見世物まで、夜も人足を吸い寄せているのであった。
横山五助、二人の会話を、小耳にはさむと、
――うむ、あの通りへ出られてしまっては!
と、呟いて、瞳に、暗いほのおをふすぼらせる。
と、同時に、狂おしい昂奮が、この中年武士の追蹤の足を早めさせた。
チャラチャラと、雪駄の裏金が、鳴るのをすら、ききはばからせない。
その足音に、ふりかえったのは甚太郎だ。まさか、五助が、ここまで跟けて来ているとは、思いもかけなかったろうが、闇の夜道なり、人家は途切れた野中なり、ハッと思った風で、道案内に、先きへ立っていたのが、浪路を囲うように、うしろへまわって、
「おいそぎ下すって――」
と、低く、不安気に囁く。
少しゆくと、まだ、腰高障子に灯かげが映っている、居酒屋のような小店があるのだ。
浪路も、小走りになる。
が、横山五助、もはや、情欲に前後の思慮を失しているのだから、殆ど、駆けるように近づいて、
「待ちなさい! これ、お待ちなさい!」
と、迫った調子で、喘ぐ。
甚太郎、聴き覚えのある声なので、足がすくんだ。
浪路失踪以来、何度か、母親と彼とを威迫すべく訪れた、横山五助だということは、次の刹那に、すぐに思い出せたのであろう。