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ゆきのじょうへんげ

雪之丞変化

三上 於菟吉

「朝日新聞」1934(昭和9)年11月~1935(昭和10)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 344,083 字 · 673 页

青空文庫

一一

突然、モソリとした口調で、長崎屋が言いかけた。

明らかに、反感と憤怒とがふくめられているその言葉を聴いたとき、雪之丞以外の一座の男女も、はじめて、この二人の間に、いつもとは全く反対な、暗い、怖るべき空気が流れているのに気がついた風で、ぴたりと、囁きごえさえ止ってしまった。

「は、は、は、わしも、もう六十――少し耄けているかも知れぬが、まだまだ、大事なことは、そう度忘れもせぬようじゃ。は、は、は」

広海屋は、歯牙にかけぬように笑って、杯に注がせて、口に運んだ。

「はて、それにしては、いぶかしい――おぬしは、わしという人間がそなたの友達の一人でいるのをすっかり、忘れておしまいになっていると思いましたよ」

長崎屋は、広海屋とは、言わば振り出しの分際が違っていた。長崎屋は、雪之丞の故家、松浦屋を奸計に、陥れて破滅せしめたころは、まだその店の番頭にすぎなかったし、広海屋は当時すでに、長崎表で、海産問屋の相当なのれんの主であったのだ。年も違う。

それゆえ、二人とも、浅間しい慾望の一部を成し遂げて、ともども、江戸にまで進出して来て、世間から、認められるようになったのちも、長崎屋は、広海屋を、どこまでも、先輩、上座として、表面に立てていたのだ。