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ゆきのじょうへんげ

雪之丞変化

三上 於菟吉

「朝日新聞」1934(昭和9)年11月~1935(昭和10)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 344,083 字 · 673 页

青空文庫

二

二

浪路は、わが家の病室に、和らかく贅沢な褥につつまれて、しんなりとした肉体を横たえ、母親こそとうに世を去ったが、愛娘への愛には目のない、三斎はじめ、老女、女中の、隙間もない慈しみの介抱を受けながら、その癖、心のいら立たしさは、募って来るばかりだった。

たった、向う半月か、一月が、わが物の月日なのに、このままで時を無駄にしていなければならぬのが、彼女には辛いのだ。ただ、どうにかして、この世でゆっくりと、雪之丞に逢いたいためばかりにこそ、あらゆる苦労をして、大奥を抜け出して来たのに――

しかし、浪路の、その憂鬱の胸に、突然パアッと、赤い火が点ぜられた。老女の一人が、妙に浮き浮きした調子ではいって来て、

「ただ今、広海屋が、お見舞と申して伺っておりますが、何でも、先日まいった、あの女形の雪之丞に、御病気、御保養の由を、申し聴けましたら、大そうびっくりされて、更けては却って失礼ではありましょうが、昼間、わが時のないからだ――今宵芝居が閉ねましたら、お門口までなりと、罷り出たいと申しておりましたそうで――何とまあ、御恩を忘れぬ、感心な役者ではござりませぬか――」