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ゆきのじょうへんげ

雪之丞変化

三上 於菟吉

「朝日新聞」1934(昭和9)年11月~1935(昭和10)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 344,083 字 · 673 页

青空文庫

一二

雪之丞が、叫んだ。

「浪路さま!」

そして、声を落して、

「浪さま――これ、今一度、お返事を――」

だが、返事はなかった。しずかに、燃えつきた、美しい、細い灯光のようにも、彼女のいのちの火は、燃えつきてしまったのだ。

闇太郎が涙を、邪慳に、振り落すようにして、

「いけねえか? 駄目か?」

雪之丞は、顔をそむけるようにして、うなずいた。

法印が、立って行って、茶碗に水を汲んで来た。

「さあ、口をしめしてやんねえ」

雪之丞は、ふところ紙のはしを、水でひたして、浪路の、土気いろの唇をぬらした。

闇太郎と、法印も、同じようにした。

「不思議な縁だったなあ――おれたちもよ」

と、闇太郎が、つぶやいた。

「おらあ、可哀そうでならねえ――」

と、法印が、声を呑んで、

「死ぬめえによ、たったさっきよ、あんな雲助なんぞに、いじめられて――こんな、綺麗なひとが生きるにゃあ、この世の中は、あんまり荒っぽいんだなあ――」

そうかも知れぬ。この世の中が、ある人々に取って、あまりに、生き難く出来ていることは、いなみがたいのかも知れぬ。

たしなみのある、言わば、風雅な職人でもある闇太郎は、香炉に、良い匂いのする練香をくべた。