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ゆきのじょうへんげ

雪之丞変化

三上 於菟吉

「朝日新聞」1934(昭和9)年11月~1935(昭和10)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 344,083 字 · 673 页

青空文庫

谷中の怪庵

一

白紙に包んだものを、使いの男の前に置くと、彼はそのまま、つと、立って、わが部屋にはいってしまった。

男は、どうしようもなく、戻って行くのだった。

谷中の怪庵

一

上野の堂坊のいらかが、冬がすみのかなたに、灰黒く煙って、楼閣の丹朱が、黒ずんだ緑の間に、ひっそりと沈んで見える、谷中の林間だ。

このあたり一帯、人煙稀薄、枯すすきの原さえつづいているのだが、寛永寺末の、院、庵のたぐいが、所まだらに建っていて、おおかたの僧坊は、信心深そうな僧尼によって住みなされていた。が、中には、いつか、無住になり、荒れ果てて、雨風も漏り落ちそうに、屋根、軒も破れかたむいたのも多い。

そうした荒れ寺の一軒、老杉の、昼も暗く茂った下かげに、壁すら落ちて、その破れ目からすさまじい初冬の月も差し込みそうなのが、鉄心庵――

前住が建てて、四十年あまり、谷中で鉄心といえば、この世の者でないほどの脱俗ぶり。食べるは生ごめ、飲むは水の脱俗ぶり、といったような生活をつづけて名高かった尼僧が、ぽくりと枯木が朽ちるように仆れたあと、長く、廃庵になっていたのを、二、三年この方、いつとはなしに、図体も六尺近いかと思われる、いが栗あたまの坊主が、住みついてしまって、世間が何といおうと、今は、立派な庵主づらをしておさまっているのであった。