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ゆきのじょうへんげ

雪之丞変化

三上 於菟吉

「朝日新聞」1934(昭和9)年11月~1935(昭和10)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 344,083 字 · 673 页

青空文庫

五

「いや、例の風来坊――が、大恩寺前で、孤軒と訊けば、犬小屋のような住居におる。さ、売出しの女形に貧乏うらないが長話、人目に立っては成らぬ。去になされ」

「実は、これから、御存知の剣のお師匠、脇田先生へ、お顔出しいたそうとする途中でござりまする。いずれ、では、大恩寺前とやらへ――御免蒙りまする」

深まった黄昏の石段を、雪之丞役者は、女性よりも優美な後姿を見せて下りて行った。

五

雪之丞が八幡宮鳥居前に待たせてあった、角樽を担がせた供の男に案内させて、これから急ごうとするのは、縁あって、独創天心流の教授を受けた、脇田一松斎の、元旅籠町道場へだ。

紫の野郎帽子に額を隠し、優にやさしい女姿、――小刻みに歩み行く、※(「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1-91-26)たけたこの青年俳優の、星を欺く瞳の、何と俄かに凄まじい殺気を帯びて来たことよ!

彼の胸は、不図、八幡宮境内で邂逅した、奇人孤軒先生のあの暗示多い言葉を聞いてから、日頃押えつけて来た、巨大な仇敵に対する復讐心に、燃え立ち焦れ、動乱し始めているのだった。

代々続いた長崎の大商人、その代々の中でも、一番温厚篤実な評判を得ていたと云う、親父どのを、威したり、すかしたりして、自分たちの、あらぬ非望に引き入れて、しかも最後に、親父どのだけに責を負わせ、裏長屋に狂い