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ゆきのじょうへんげ

雪之丞変化

三上 於菟吉

「朝日新聞」1934(昭和9)年11月~1935(昭和10)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 344,083 字 · 673 页

青空文庫

一八

何気なく、するりと抜けて、歩んで行く、闇太郎の、肩越しに追い抜きながら、

「隆達くずしでもあるまいぜ、あの小屋の中に、鍋焼きを啜っていた人数は、七、八人。彼奴らが、十手を振って向って来れば、一度あずかった貴様の身体だ。役にも立たぬ殺生をせねばならなかった、拙者の立場。着くところまで大人しく、ついて来たがいいではないか」

「ところが旦那、あっしはね、何の因果か熱湯好きで、五体が縮み上るような湯から出ると、そそりの一節も、唄わねえじゃいられねえんで――」

「持ちくずした男だな」

蔑むともなく、呟いた平馬、――自分もひどく楽しそうに、橋弁慶の小謡を、柄に扇子で、軽く拍子を取りながら、口ずさんで、月の無い夜を、ちゃらちゃらと、進んで行く。

松枝町の角に、なまこ塀の、四角四面の屋敷。門は地味な衡門。それが当節飛ぶ鳥を落す、将軍寵姫の外戚、土部三斎の住居であった。

一八

吉原冠りに懐ろ手、――何処に誘う風であろうと、吹かれて行こうといったような闇太郎を後に従えた、門倉平馬、土部三斎隠居屋敷、通用門の潜りを叩いて、

「御門番、御蔵前の門倉だ」

長屋門の出格子から、不精そうな門番の顔が覗いたが直きに、扉が開く。