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ゆきのじょうへんげ
雪之丞変化
三上 於菟吉
「朝日新聞」1934(昭和9)年11月~1935(昭和10)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 344,083 字 · 673 页
八
その見物の中には、向う正面の、例のつんぼ桟敷というのに頑張った、五十左右の立派やかな武芸者と見える人物と、白髪白髯の瓢亭たる老人が、一しんに、舞台に見入っているのが見られたが、これが脇田一松斎と、孤軒老人――
雪之丞の技芸に、すっかり魂を吸われた男女が、道行きぶりの華やかさに、うっとりと見とれているとき、
「今度の、あの者の仕事は、わしどもが力を添えねば、仕遂げえぬかと思いましたが、案外スラスラと――」
と、孤軒老人が、
「あれも、なかなか人間も出来て来ましたの」
「はい、拙者も、何かの折は、一肩入れねばと、思い設けていましたが、さすが、おさない折より老師の御教訓――やはり、ほんとうの修業が出来ておりますと、どんな大事も、一人立ちで仕上げますな。まずは感心しました」
「それに何よりなのは、かの者、どこまでも、役者で生き抜こうとすることじゃな。何を致しても一生――芸道も、奥が知れぬものであろうゆえ、やりかけたわざを、つとめて行くが一ばん――」
「あれは、内気で、しおらしいところがありますからな」
二人は、小さな猪口を、さしつおさえつ、さも楽しげに献酬しながら、演技に見惚れるのだった。