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ゆきのじょうへんげ
雪之丞変化
三上 於菟吉
「朝日新聞」1934(昭和9)年11月~1935(昭和10)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 344,083 字 · 673 页
じっと、いつまでも、聴きすます、雪之丞――
と、かなり長い時が経って、一たい、どうしてしまったかと、心にいぶかしみが湧き出したころ、だしぬけに、奥の方で――
「火事だあ!」
と、いう、叫び!
「火事だあ! 起きろ!」
と、けわしい声が、つづいて起って、急に、しいんとしたしずけさが、一どきに破れたと思うと、まだ、火は見えぬが、物の爆ぜ焼けるひびきが、ピチピチ、ギシギシと、いうように、雪之丞の耳を掠めた。
――点けたな! 火を!
「油樽に気をつけろ! 油樽に燃えつきそうだ」
と、あわただしい声々。
広海屋は、その頃、紅毛油を盛んに売り出していた。橄欖という果の実、木の皮をしぼって作ったという、香いのよい、味のいい、すばらしい油――富みたるものは、それを皮膚のくすりとして塗りもすれば、料理にも使って、こよない自慢にしているのだ。
その貴重な油樽が、見世奥に積んであったのへ、長崎屋、いみじくも、火を点したものと見えた。
たちまち、ズーンという、樽の爆ける音。もう、駄目だ! ぼうぼうと激しい炎が唸りを立てて、猛火が、家内を一ぱいにきらめかすのが見えるのだった。