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ゆきのじょうへんげ
雪之丞変化
三上 於菟吉
「朝日新聞」1934(昭和9)年11月~1935(昭和10)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 344,083 字 · 673 页
と、平馬は手を突いたまま、
「これなる者は、今宵、御隠居所をさして参りまする途中、測らず、柳原河岸にて出会いました人物――。多くの捕り方に取り囲まれしを、巧みに遁れ、拙者、眼前に現れましたで、引っ捕えて突きだそうと、存じましたなれど、聞けばこの者、当時、大江戸に名高い、例の怪賊、闇太郎に紛れなき由、承わって、御隠居さまへ、御土産として召し連れました次第でござりまする」
「何に? 闇太郎――?」
と赭ら顔の老人の唇から、その刹那、流石に、愕きの叫びが洩れた。
彼の目は相変らず、薄寒そうに膝を揃えて坐った、粋な格子縞の若者に、鋭く注がれたままだ。
平馬は、権門の前に、別に、礼譲を守ろうともせぬ連れの方に、責めるように目を向けて、
「これ、御挨拶を申し上げろ。土部三斎さまに、渡らせられる」
闇太郎は、片手を畳に下ろしただけで、さも懇意そうに、三斎隠居の顔を見上げるのだった。
「成る程、これまで世間の噂で、御中年に長崎奉行をなすって、たんまりお儲けになった上、今じゃあ、御息女を公方さまの、御妾に、差し出しなすったとかで、いよいよ天下の切れ者、土部三斎さまの名を聴けば、大老、老中も怖じ気を振うとかいうことですが、お目に掛って見りゃ、あっし達でもお交際が出来ねえでもねえニコニコした御隠居さん。