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ゆきのじょうへんげ

雪之丞変化

三上 於菟吉

「朝日新聞」1934(昭和9)年11月~1935(昭和10)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 344,083 字 · 673 页

青空文庫

わたくしは大坂よりはるばると、御当地を頼りまいらせて下りました、中村雪之丞、いく久しく御贔屓、おん引き立てのほど願わしゅう」

「さあさあ、遠慮のう、前へ進め、これへまいれ」

と、三斎老人、例の気作な調子で、じかに声をかける。

「御前は、悪固いことが一ばんおきらい。さあ、そこの席までおいでなさい」

三郎兵衛が、身を乗り出すようにして迎えた。

頭をもたげた雪之丞、珠玉のかんばせに、恒ならず血を上らせているのは、心中にむらむらと燃え立ち渦巻く憤怨のほむらを、やっとのことでおさえつけているためなのだろうが、しかしよそめには、舞台で眺める濃い化粧の面かげとはちがった、いうにいえぬ媚びさえ感じられるのだった。

――ま、うつくしい!

――何という、おとなしやかで、品のいい人なのだろう!

一座にいあわせる女たちのみか、浪路の供をして来て、控えの間につつしんでいた女中たちさえ、廊下までのぞきに来て、お互に手を〆め合って、といきを洩らしている。

三斎の言葉と、杯とが皮切りで、一同から、讃歎が、雨のように雪之丞の上に降りかかって来る。

雪之丞、つつましやかにうつむいて、

「左様なお言葉をうけたまわるも、何と申し上げてよろしいやら――只、もう嬉し涙が、とめどもござりませぬ」