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ゆきのじょうへんげ
雪之丞変化
三上 於菟吉
「朝日新聞」1934(昭和9)年11月~1935(昭和10)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 344,083 字 · 673 页
一四
一四
そこまで話して来て、闇太郎の目は、異様にふすぼり、語調はためらい、低まるのだった。
「そのとき、おれの耳を打ったひそひそばなしというのが、何だったと思うね? つい裏の、小さく並んでいる組屋敷の勝手口の方で、御新造が娘にいっているんだ――あれ、変な奴が、衣笠さんのお裏口をのぞいている、このごろこまかい物が、よくなくなるが、屹度あいつが盗るんだよ、泥棒だ、早く衣笠さんに知らせて上げたいが――その囁きが、耳にはいると、おれは、あわてふためいて、カーッとからだ中が熱くなって、前後の考えも無くして、そのままバラバラと逃げ出してしまったんだ。ねえ、雪之丞さん、お前にも、その時の、おれの気持はわかってくれると思うが――」
いかにも、雪之丞にも、それはよく呑み込めるのだった。一度、家も世も捨てて、零落し果てた青年が、冬空に、浴衣を引ッ張って、親、兄弟の家に、そっと裏口から、合力を受けようと忍び寄って、中部の歓語にはいりかねていたその折、合壁から、泥棒よばわりを、されたとしたら、どうして、その顔を、そのままなつかしい家人たちの前に曝すことが出来るだろう! 彼は、一さんばしりに、逃げ去る外はないのだ。