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ゆきのじょうへんげ

雪之丞変化

三上 於菟吉

「朝日新聞」1934(昭和9)年11月~1935(昭和10)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 344,083 字 · 673 页

青空文庫

敵杯

一

吉原がよい専門の、赤竹というかご屋で、乗物をしたててくれて闇太郎、

「じゃ、また逢おうぜ」

「その日をたのしみにいたしております」

雪之丞が、しんからそう答えたとき、たれが、ぱらりと下りた。

敵杯

一

中村座の菊之丞一座の人気は、日ましに高まるばかりだった。飾り布団、引幕飾り、茶屋の店さきほどの家も、所せまいまでに送り込まれて、下ッぱの役者までが、毎晩新しい贔屓から、宴席にまねかれぬこととてなく、江戸中の評判を、すっかり攫った形であった。

雪之丞は、三斎一党から贈られた、黄金、呉服のたぐいを、目にすることさえいとわしく、片はしから一座の者にバラ撒いてしまうので、その無慾さに一同驚きあきれ、

「大師匠も、あの通り、芸道一図のお方で、神さまとまでいわれているが、若い太夫のあの気前は、おそれ入ったものだ」

「あれで、もう四、五年たって、尾鰭がついたら、芸人としては、日本一の男になろう」

「それに今度の狂言で見ても、女形ばかりか、立役をしても、立派なものであろうとの、見巧者連の噂――大師匠も運がよい。すばらしいものを見出されたものだ」

そうしたささやきが、上方から来た一座一行の間ばかりか、江戸の芸界にもさかんにいいかわされ、このところ、どのような大立者たちも、まるで他国者のために、光を蔽われてしまったのである。