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ゆきのじょうへんげ
雪之丞変化
三上 於菟吉
「朝日新聞」1934(昭和9)年11月~1935(昭和10)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 344,083 字 · 673 页
「おや! 貴さまは何だ! 乳母か? 乳母が取りかえしに来やがったか?」
と、血走った目で、掴みかかろうとする三郎兵衛を、雪之丞はなだめるような微笑で、
「まあ、心を落ちつけて、あの火の燃えている方を御覧なされ! それ、あそこへ、お前があんなにさがしている、広海屋のあるじが逃げてゆく――赤児なぞに、かかわっている時ではあるまい――それ、あそこへゆくのが、わからぬか!」
片手で、指さして見せる、火事場の方角、三郎兵衛は、口をあけて、
「どれ、どれ、どこに?」
と、呟きながら、フラフラと、その方へ歩み出すのだった。
一〇
もはや、炎々と燃え熾って来た広海屋の大屋台――そのほむらの明るさは、既に、そこら中人の顔、眉毛の数までがわかるほどだ。ごく近い、火の見では、激しい摺り半鐘のひびき!
雪之丞は、今にも、咽喉笛に、爪を立てられて、いのちを落そうとした広海屋の、老いの初児というのを、長崎屋三郎兵衛の手から事なくうばい取ったが、あとの、成りゆきを見さだめるために、いつまでも、この河岸に佇んでいることが出来ない。怪しげなすがたが、何ものかの疑いをまねくかも知れないのだ。