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ゆきのじょうへんげ
雪之丞変化
三上 於菟吉
「朝日新聞」1934(昭和9)年11月~1935(昭和10)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 344,083 字 · 673 页
そなたが、泣いたとて、何になる。泣きやめ! 泣きやめ! 泣きやみおらぬか!」
「じゃと申して、かなしいのう! かなしいのう! これを泣かずにいられる、お前こそ、鬼じゃ、鬼じゃ! かなしいのう!」
広海屋は奥歯を、ギリギリと噛みつづけていた。
さすがの猛火も、油樽がはじけて、油が行き渡っていたせいか、却って、速かに大きな店づくりを焼きつくして、そして、だんだん、下火になって行った。
広海屋は、ガクガクと、全身を悪寒に震わせずにはいられなかった。何かしら、自分達、長崎以来の一味徒党の上に、恐ろしい破滅悲惨の運命が迫って来ているように感じられはじめたのである。
一九
こちらは、広海屋いろは庫の、どん尻の、河岸沿いの一棟の二階に投げ上げられた、長崎屋三郎兵衛――
「これ、若い衆、約束の、酒は持って来ぬか? 茶はどうじゃ? 咽喉がひりつく。声が苦しい――これ、何か、飲みものを、早う持って来い持って来い!」
と、呼べど、叫けべど、返事もなく、もとより塗り籠めの中、火事場の騒ぎさえ、ひびいても来ず、しんかんと、ひそまり返っているままに、わめきつれて、いつか、睡魔が、うとうとと襲って来て、そのうちに、我れ知らず、眠ってしまえば、狂も、不狂も、おなじ夢の境。