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ゆきのじょうへんげ

雪之丞変化

三上 於菟吉

「朝日新聞」1934(昭和9)年11月~1935(昭和10)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 344,083 字 · 673 页

青空文庫

ねえさんも安心だし、あたしもうれしいし――どっこいさ。早速、熱いお銚子をね――」

立ち上って、台どころで、ガタガタはじめる婆。

乳母が、かくれて棲むにいいように、町家風俗をさせた浪路、ちょいと見には、町むすめとしか思われないが、丑が、顔をかくした袂をつかんで、

「これ、おむす、いい加減に観念しねえか!」

と、引っぱりよせようとするのを振り切って、

「放しゃ! 下郎!」

と、いったその調子は、たしかに、彼等をおどろかせたに相違なかった。

「ナニ、放しゃ! 下郎――だって!」

と、わが耳をうたがうように、丑は叫んだが、あッ気にとられたような顔をした為と、思わず顔を見合せて、

「こいつ、何をいやがるんだ!」

「兄貴」

と、為の目には、絶望のいろがうかんで、がっかりしたように、

「こいつあ、見そこなったぜ、気ちげえだぜ! え、兄貴!」

「なるほど、さっき、役者の名をしきりと言っていやがったが、芝居ぐるいから、ほんものの、気ちげえになっているのか――」

と、丑も、思いちがえて、そんなことをつぶやいて、うなずいたが、妙な笑いで、すさまじく顔を歪めて、

「気ちげえだって、為、いいじゃあねえか――てめえ、気ちげえをいろにでも持って、手を焼いたことでもあるのか?」