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ゆきのじょうへんげ
雪之丞変化
三上 於菟吉
「朝日新聞」1934(昭和9)年11月~1935(昭和10)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 344,083 字 · 673 页
闇太郎、雪之丞、匕首を高くかざしたから、近づく相手が、たやすくかかろうはずがない。
浅草田圃から、いつか、吉原土手を、南につたわって、二人ちりぢりに、見えなくなってしまった。
朝になると、雪之丞は、もう、昨夜のことは、忘れ果てたように、何のこだわりもなく、師匠、菊之丞の前にすわっていた。
菊之丞はしみじみと、愛弟子の顔をながめて、
「して、そなたは、まだ、舞台をつとめる気かや?」
「はい、いつまでも、お側にいて舞台の芸でも、御満足を得たいものと思っておりますが――」
「それなれば、師走狂言の、顔世、勘平、見ごとつとめて見なされよ」
「はい。出来ますかぎりは、つとめさせていただきましょう」
雪之丞が、このときほど、心たのしげに、役の話をするのを見たことはなかった。
八
さて、それから、幾日か経って今日は、中村座、師走狂言、忠臣蔵通し芝居の初日だ。
――初日ながら総幕出揃い、仕落しなく演じ申すべく候えば、何とぞにぎにぎしく云々。
と、かねて撒かれた散らしで、吸い寄せられた江戸の好劇家たち、滝夜叉であれほど売った雪之丞が、初役、色事師として勘平というのを、どんな風に仕こなすだろうと、暗いうちから、いやもうはち切れるほどの大入りだ。