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ゆきのじょうへんげ

雪之丞変化

三上 於菟吉

「朝日新聞」1934(昭和9)年11月~1935(昭和10)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 344,083 字 · 673 页

青空文庫

て広海屋と心を合せ、松浦屋を破滅へみちびいた三郎兵衛――今は、長崎屋と名乗って、越前堀とやらの近所に、立派な海産問屋をいとなんでいるそうな――いわば、一ばん、悪だくみの深い奴――よう、見覚えて置きなさるがいいぞ」

「では、右のが、代官浜川、左が、横山――」

と、雪之丞は喘ぐように、繰り返して、

「――あの町人体が、三郎兵衛手代――」

「そうじゃそうじゃ、今度の幕に、卒のう見て置いたがよいぞ」

その時、もう、二人とも、次の中幕、所作ごとの支度をいそがねばならなかったので、めいめい鏡に向う外はなかった。

雪之丞は、夢の場での、優雅な官女の顔を作りながら、ともすれば、心のけんが、外にあらわれるのを、いかに隠すべきかに骨を折るのだった。

――わしは、舞台に出るまえに、何も思うてはならぬのだ。心を平らに、狂言の人に、なりおおせねばならぬのじゃ。それを忘れるゆえに、こうも、顔が怖くなる――

と、そう自分を叱りながら、にもかかわらず、つい、そのあとから、胸の中にくりかえさぬわけに行かぬのが、父親の、あの、奇怪悽惨な、遺書だった。

口惜しや、口惜しや、焦熱地獄の苦しみ、生きていがたい。