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くろだじょすい

黒田如水

吉川 英治

「週刊朝日」朝日新聞社、1943(昭和18)年1月~8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 163,639 字 · 325 页

青空文庫

第一には、人を視る明を誤ったことである。これは将として自己の全軍に絶大な信を失墜する。かつても彼はずいぶん人を処断しているが、その人間を観過って断じたことはない。

ふたつには、質子の松千代を斬らせたことだった。それもこれも官兵衛を離反の賊と疑って、一時の感情にまかせたためであることを思うと、自らには深く辱じ、彼にたいしては、主君として、合わせる顔もない気がする。

しかしこういう内省はしても、その内省にとらわれて、彼に会うことを逡巡したり卑屈な弁解を考えてみたりする信長ではなかった。信長にとって常に心の奮うものは眼前の百難を克服することと将来の構想であって、彼にとって最も興味のうすいものはその反対な過去の事件であった。

(弱ったのう。……彼奴、どんな顔をして、予をうらむだろうか)

胸の中で、こう呟いたとき、彼はもうすっぱりと眉根の当惑を掻き消していた。人間である。間違いや過ちは信長にだってある。自分は神ではない。神でないものが天下統一の大業を成そうとするのである。大過あらばその業は不適任な者として自ら止むしかないが、小過は天もゆるしてくれよう、官兵衛もまた恕すだろう。