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ゆきのじょうへんげ
雪之丞変化
三上 於菟吉
「朝日新聞」1934(昭和9)年11月~1935(昭和10)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 344,083 字 · 673 页
「お陸尺、お前さんたちの足の早さにゃびっくりしましたぜ」
だしぬけにいいかけられて、陸尺の足が一度とまる。後棒が変な奴だというように、眉をひそめて、
「おめえは一体なんだ。何用だ」
闇太郎は、にこりと笑って見せたが、この男の笑顔には、一種独特な、どんな人間でもひきつけずにはおかない朗かさがあった。
「およびとめもうして済みませんが、実はあっしはこの駕籠の中の太夫さんに逢いたくって、松枝町のお邸の前から跟けて来たものなんです。通りすがりに御門前で、駕籠に乗る姿を、ちらと遠くから見て、こいつあてっきり、雪之丞さん、ぜひ一目とおっかけたんですが、何しろ駕籠が早いんで、やっと追いついたわけ――」
「おめえさんは、太夫さんの御存じのお人か」
と、先棒がふりかえってじろりと見る。
「そりゃあもう、よく御承知の男ですよ。ねえ太夫さん、あっしだが――」
今日の初日の幕が明いてから、次々と我身の上におこっていった、思いがけない種々な出来ごとを、胸のうちにもう一度くりかえしながら、かくもたやすく、仇敵どもに接近することの出来たのも日頃信心の仏神や、かつはなき父親の引きあわせと、心で手をあわせるように、いま更に、復讐心に燃えつづけていた雪之丞、突然駕籠を呼びとめたものがあるのを知ったその瞬間、早くも胸に来たものがあった。