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ゆきのじょうへんげ

雪之丞変化

三上 於菟吉

「朝日新聞」1934(昭和9)年11月~1935(昭和10)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 344,083 字 · 673 页

青空文庫

「御息女さまが、太夫、わざわざの見舞とお聴きになり、直々逢うて礼をいいたい――との仰せでござりますゆえ、のちほど、御病間まで、おはこびを――」

と、いうのであったが、雪之丞は、その場にひれ伏して、

「卑しき身分が、御隠居さまにお目にかかり、お情け深いお言葉をうけたまわるさえ冥加でござりますに、お奥向へなぞなかなか持ちまして――」

三斎もかかる夜半、俳優を、いかに病中なればとて、愛娘の部屋に通すなぞとは、世の聴え、家の名聞――と、思いはしたが、この者が訪ねて来ると聴いてから、めっきり元気がつき、湯さえ引いたと耳にもしたし、浪路を大奥に送って、公方の寝間の伽をさせたことそれ自体、いわば、親兄の犠牲としたのにすぎないのを考え合せると、此処でその望みを阻止することもあまりに思いやりがなさすぎる気がした。

「いや、なに、雪之丞」

と、老人は、手を振るようにして、

「娘も、見苦しゅう取りみだしてはおるが、これも、日頃、窮屈な御殿暮しの気づかれが出てのことであろうと思えば、わしもあわれに思うているのじゃ、あれは、元よりそなたが大の贔屓――美しい顔を見せてやって、にぎわしゅう世間ばなしも聴かしてやってくれたら、心のもつれも晴れるであろう。