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ゆきのじょうへんげ

雪之丞変化

三上 於菟吉

「朝日新聞」1934(昭和9)年11月~1935(昭和10)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 344,083 字 · 673 页

青空文庫

腹の中では、いつか雪之丞に打ち明けた通り、広海屋を、乗り越そう乗り越そうと計っているのではあったが――

されば、呼びかけの名にしても――

――広海屋さん――とか、

――お前さま――とか、

――こなた――とか、いうような言葉を使って、ついぞ、長崎屋の口から、

――おぬし――なぞという、ぞんざいな言葉が洩れたことはなかったのである。

――この人達には、何か、わだかまりがあるな?

と、心利いた太鼓持、年増芸者なぞは、思い当りもしたであろう。そして、座をはずした方が、よくはないかと、考えたであろう――

しかし、彼等は、途方に暮れた風で、そこに、そのまま、居すくんでいる外はないのだった。

――弱ったな! どっちも、しくじっては困る客だし――

ひそひそと、彼等は目と目を見かわしていた。

「どうしてまた、長年懇意にしている友だちを、忘れるようなことがありますものか――そなたは、何か、勘違いをしていなさるようじゃ」

広海屋は、相変らず、落ちついた調子で言って、

「一たい、なぜに、そのようなことをお言いなさるのか? わしには、見当もつかない」

「広海屋さん、この長崎屋は、今、手一ぱいで商いをしていますのだが、それは、よう知っていなさると思うので――」