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ゆきのじょうへんげ
雪之丞変化
三上 於菟吉
「朝日新聞」1934(昭和9)年11月~1935(昭和10)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 344,083 字 · 673 页
その鉄心庵の現住――ときどき生ぐさ物の匂いがぷんぷんとかおって、貧乏徳利がいつも台どころにころがっているだけで、経を読む声さえ、通りがかりの誰もが聴いたことがないというのだから、いずれ、破戒無慚の悪僧とはわかっていたが、さりとて、それをとがめるものもないのだから、寺法格式が厳重だとはいっても、ゆるやかな時代には相違なかった。
だが、何人も、この坊主の前身を、ほんとうに気がついているものはすくなかろう――鉄心庵現住の、大坊主、これこそ、その道では名の通った、島抜けの法印という、兇悪な代ものなのだ。
十三、四のころ、さる法印の弟子となって、厳密な修業をつけさせられていたが、持って生れた根性から、色欲二道にふみはずし、搏つわ、飲むわ――博徒の仲間にはいって、人殺し兇状を重ね、とうとうほんものの泥棒渡世をかせいで、伝馬町の大牢でも顔を売り、遂に、三宅島に送られ、そこを破ってからは、杳として消息を絶していたのが、いつの間にか、鉄心庵主としておさまっている。
その素性を知っているのが、闇太郎等の、ごく僅かな連中――軽業お初といわれるほどの女さえ、この庵の秘密は知らない。