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ゆきのじょうへんげ
雪之丞変化
三上 於菟吉
「朝日新聞」1934(昭和9)年11月~1935(昭和10)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 344,083 字 · 673 页
浪路は、かまわず、走ろうとしたが、無駄だ――はっきりと、彼女の名を、呼びかけられてしまった。
「浪路どの! 拙者だ! おまちなさい!」
――おお、横山どのだ!
悪い人に、悪いところでと、くやまれたが、しかし、立ち止まらぬわけにはいかない。
チャラチャラと、近づいた横山五助、闇をすかして、二人を、睨め据えるようにしたが、
「甚太郎、貴さま、不届きな奴だな! よくも、拙者ども、また、お屋敷をあざむいたな!」
皺枯れた語韻で、まず、嚇しが来た。
「は――」
何とか、言いのがれようとして、甚太郎はどもった。
「お屋敷御高恩を忘れ、何たることだ! 浪路どのお留守のための御迷惑が、わからぬか!」
五助は、いかめしく言って、いつか、二人の行手をふさいでしまっていた。
甚太郎は、口をもがもがとやるだけだった。
一〇
だが、恐怖と困惑とに、茫然自失してしまった甚太郎に、横山五助はいつまでもかかり合ってはいなかった。
彼の、闇にきらめく、狂奮の瞳は、浪路に向けて、食い入るように注がれるのだ。
夜の深みにうなだれた、白い、萎れかかった花のような立すがたの――襟あしの、横がおの、何という悩ましさ、艶めかしさ――五助の魂は、おののかずにはいられぬ。