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ゆきのじょうへんげ

雪之丞変化

三上 於菟吉

「朝日新聞」1934(昭和9)年11月~1935(昭和10)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 344,083 字 · 673 页

青空文庫

蔭ながら、じっとみつめているぜ」

「ありがとう。今度こそ、立派に大詰めまで叩き込んでつとめて御覧に入れましょう」

と、雪之丞も、強いたほほえみで答えた。

すんなりと、送って出た雪之丞を、あとにのこして、闇太郎、さも律儀な職人らしく、寒夜に、肩をすくめるようにして、出て行った。

部屋に戻ると、一間はなれた部屋の、菊之丞の、皺枯れた咽喉が軽く咳くのがきこえて、ポンと、灰ふきの音――

「おや、お師匠さま、お目がさめてでござりますか?」

「おお、たった今、醒めたところ――」

と、しずかに答えて、

「何やら、人が見えたようであったな――あの牙彫りの親方のほかに――」

ハッと、赧くなって、雪之丞――

「はい――」

「まず、これへ、はいるがいい」

かすかにき捨ての、香の匂うたしなみのいい、師匠の寝間にはいると、菊之丞、紫の滝縞の丹前を、ふわりと羽織って、床の上に坐っていたが、

「たずねて来たのは、女子衆の使でもあったようだが――」

絶えず、愛弟子の上に、心をくばる、老芸人の心耳に狂いはない。

「は――はい」

と、雪之丞はうなだれて、

「不仕合せなお人が、たずねてまいったように見えましたが――」