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ゆきのじょうへんげ
雪之丞変化
三上 於菟吉
「朝日新聞」1934(昭和9)年11月~1935(昭和10)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 344,083 字 · 673 页
と、闇太郎は、先き程までの、夜の巷での、悪戦苦闘の、忌わしい追憶は、とうに忘れてしまったように、美酒の酔いに、陶然と頬を、ほてらせながら、
「何しろ、性分が性分で、さっきから、申し上げるように、一度盗みたいとなると、どうも遠慮が出来ねえ生れつき、こちらのようなお屋敷に、足踏みをしていると、たまにゃあ、素手では、帰えられねえような気持になることもあるでしょう。だから、まあ、出来るだけ、この近所へは足踏みをしねえことに、いたしやしょうよ」
「ところがわしは、何となく、貴様が好ましくなって来たよ」
と、老人は、手にした酒盃をさしてやって、
「何の泥棒の、盗賊のというと、聞えが悪いが、忍びの業は、立派に武士の、表芸の一つ。音無く天井を走るだけでも、その業を申し立てればお取り立てになる程のものだ。貴様も、つまらない遠慮を抜きにして、この家へだけは、一芸の達者として、威張って出入りするがいい」
闇太郎は、礼儀にこだわらず、三斎隠居に直かに、酒盃を返しながら、きらりと鋭い目で、相手を見上げて、
「どうも恐れ入った、御懇志のお言葉ですが、御隠居さん、ざっくばらんにいって、おめえさんは、このあっしを、どんな時に、役に立てようとなさるんですね?」