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ゆきのじょうへんげ

雪之丞変化

三上 於菟吉

「朝日新聞」1934(昭和9)年11月~1935(昭和10)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 344,083 字 · 673 页

青空文庫

「うむ、それも面白かろう――」

と、三斎は肯首ずいて、

「世間では、とかくこの三斎を、権勢家の、我慾者と、善からぬ噂を立て、不平不逞の浪人共、物の解らぬ直参旗本の尻押しで、ともすればわしの身に、危害を加えようとする企みもある由、――なに、彼等が、蠢動いたせばとて、びくびくいたす程の、小さな胆も持ち合せぬが、伜どもも、何かと、心痛し、身辺を警戒せよの、用心せよのと、うるさいことだ。丁度幸い、この屋敷の間近に、道場を立てるにはもってこいの空地がある。早速そこに、脇田道場に、勝るとも劣らぬ道場を、建てて遣わそう。その代り平馬、わしの一身を、身に替えて守ってくれねばならぬぞ」

三斎隠居、どんな場合にも、交換条件を、口にせずにはいられぬ老人だ。立派過ぎる程の武門に老いながら、とかく、商取引を忘れられない気性だ。

平馬、この男も、ぬからぬ人物。直ぐにその場に両手をついて、

「申すまでもござりませぬ。御恩顧に相成る上は、一身一命は、申すまでもなく、御隠居さま、御自由でござります」

闇太郎は、二人の問答を聴いて、片手に酒盃、片手に例の顎の逆か撫で、

――たったいま、十年旧恩の親にも勝る脇田先生の道場を、後足に砂、飛び出して来やあがった、人畜生の門倉平馬に、今更、つまらねえ約束を、強いようとする隠居も隠居。