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くろだじょすい
黒田如水
吉川 英治
「週刊朝日」朝日新聞社、1943(昭和18)年1月~8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 163,639 字 · 325 页
この播州にあっては、何者よりも鞏固でなければならない御着の城が――その小寺政職が――脆くも信念をくずして、荒木村重の謀反とともに突然、離反を唱えて毛利家へ通じ、世をあざむく寝返りを打ったということは、黒田官兵衛としては哭ききれない事にちがいない。心外も心外、無知無節操の甚だしいものと、夜来、その眼の赤くなっているのを見ても、彼の憤りのただならざるものが分る。
事実、当初のいきさつから考えても、彼の立場は根柢から覆されたものといっていい。安土の信長に対しても、秀吉に対しても、ひいては、自身説き廻って、織田方へ引き入れた播州土着の郷党たちに対しても、どこに合わせる顔があろう。武門の信義があろう。生きて立つ名分があろう。――気を小さく持てば、腹を掻っ切って自己の廉潔を示す道一つが残されているだけである。
「どうぞ、数日のお暇を、この官兵衛に与えて下さい。かならず直ぐ立ち帰って参りますゆえ」
懸命の余りに、彼は繰返していったが、秀吉の眼がふとうごいて、そういう自分の面を見まもったので、官兵衛は、はっと悔いに似た反省を抱いた。
不可ともいわず、行けとも許さず、容易に答えてくれない秀吉は、その胸の中で、もしやそのまま自分が御着から帰陣しないのではないかと――ひそかに懸念しているのではあるまいか。