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くろだじょすい

黒田如水

吉川 英治

「週刊朝日」朝日新聞社、1943(昭和18)年1月~8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 163,639 字 · 325 页

青空文庫

(……オオ。あの窓)

それらしい位置を、ようやく闇に馴れたその眸につきとめた。すぐ池の向う側に、水に沿って、十数間の壁となっている太柱の建物こそ武器庫らしいのである。窓も一つ見える。けれどその窓は到底、背もとどかないほど高い。

いやそれよりも、余りに池へ臨んでいるため、その窓の下へ行くことすら、どう考えても困難であった。

(きっと、そこにいらっしゃる……)

お菊はそう信じるとともに、眼はいっぱいな涙になっていた。その人と自分の家柄とは、主従のあいだがらで、到底、隔絶しているほどな身分の差はあったが、姫山の若き殿は、馬を打って、飾磨あたりへ来るたびに、必ず自分の家に立寄り、父の与次右衛門を、じいやじいやと慕い、小娘の彼女を友だちあつかいにして、

(ここへ来ると気らくだよ)

いつもそういっていたものである。

日が暮れて――どれ姫山の館へ帰ろうか――とその人が家の裏戸へ駒を寄せると、小娘のお菊はいつも、ひとりでに涙がわいてならなかったものだった。そんな気もちが乙女心の何によるものであるかをも意識しないで――。

いつとはなく時過ぎ年移る間に、その人は姫山にもいなくなり、多くは風雲の中にあるとのみ父から聞かされ、またひそかに人のうわさに聞けば、もうお館には若くしておきれいな奥方もありお子様もあるとかいう。