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くろだじょすい

黒田如水

吉川 英治

「週刊朝日」朝日新聞社、1943(昭和18)年1月~8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 163,639 字 · 325 页

青空文庫

以来、彼女は、小娘ころの、たとえば蛍の明滅にも似たような心のときめきは呼びもどすまいと努めていたのである。そしてわれ知らず老いたる父と女の婚期が過ぎかけてゆくのも思わずに暮していたが、はからずも去年、その人の奇禍を知ると、居ても立ってもいられなくなった。

父の与次右衛門にたいしては、自分の口からいえないために、幸い、出発の前に、父の家へ集まった衣笠久左衛門や母里太兵衛などに蔭で縋って、それらの同志たちには何の力を加え得る自信とてなかったが、ぜひ自分も伊丹の城下へ――と、その参加を父にも許してもらうべく、切に頼んで、願いのかなったことでもあるのだった。

――それが。そんな力もない自分が、はからずも今、何のめぐりあわせか、天の憐れみか、こうしてその人ありと思われる牢獄のすぐそばまで、来られたのである。彼女は、眼のまえを隔てている闇の古池を見、彼方の堅固なる建物を眼に見ながらも、この機会と天祐にたいして、だめだと思う気はすこしも出て来なかった。不可能を考えずに、可能ばかりを考えていた。――じっと、草むらにかがみこんでいる帯や小袖が、草の葉とひとしいほどの夜露に濡れてくるのも忘れて。