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くろだじょすい

黒田如水

吉川 英治

「週刊朝日」朝日新聞社、1943(昭和18)年1月~8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 163,639 字 · 325 页

青空文庫

彼女は、村重が室殿を伴うて脱城した日のすこし前に、これらの人々がいる局の一室に監禁されていた。村重の家族は、村重のいいのこして行った命を守って、最後まで彼女の監視を解かずこれまで共に奔って来たのであるが、今はそうした注意も配ってはいられなかった。さきを争って、城の外へ出ようとしていた。

やがて彼女も、その勢に従いていれば、難なく城門の外へ出されたはずであった。けれど於菊はまわりの者の隙を見ると、突然、群れを離れて、もとの方へ驀に奔っていた。全城すでに焔と見えるその火の下へ。また荒武者と荒武者とが、首を取りつ首を取られつ、雄たけび交わして、火に火を降らせている血戦の中へ、ほとんど、気でも狂ったかのような姿で、彼方此方、奔りめぐっていた。

「……オオ。この坂道の下、あの低い窪地の池」

彼女はついに道を見つけた。それはたった一度、通った覚えのあるところだった。室殿にいいつけられて、蛍を捕りに行ったことのある天神池への細道であった。

五

絵図面の上で知っておいた予備知識と、実際に地を踏んでみた感覚とでは甚だ勝手のちがうものだ。それも平時ならばともかく、こう激戦の中と化した城内であり、目じるしとする建物も樹木も火や煙につつまれ、そして想像していた以上、廓内も広いのであった。