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くろだじょすい
黒田如水
吉川 英治
「週刊朝日」朝日新聞社、1943(昭和18)年1月~8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 163,639 字 · 325 页
心に対して、総身の毛がそそけ立つような情けなさに打たれたものであった。
(――岐阜以来、幾たびか謁し、この官兵衛も、胸打ち割って、あれほどに心底を申しあげ、且つは、主家小寺家のあらゆる困難な事情を排し、父宗円を始め、一家中のものの運命をも賭し、併せては、嫡子の松千代までを、お求めあるまま質子としてさしあげてあるものを。……なお今日まで士道も恥も知らぬ人間とこの官兵衛を思召してか。さまで偽り多き武士と見られていたことは何よりの無念である、心外である)
獄中、彼は小袖の袂を噛みやぶったこともある。血は煮え肉はうずき、あわれもののふを知らぬ大将よと、信長の無眼無情をうらみつめた幾夜もあった。
けれどそれに憤悶してわれを失う彼でなかったことが倖せであった。彼がひとつの死生観をつかむには、それ以前にまずこれらの怨恨や憤怒はおよそ心の雑草に過ぎないものと自ら嘲うくらいな気もちで抜き捨てなければ、到底、達し得ない境地なのであった。
――そうした心中の賊に打ち剋つには、あの闇々冷々たる獄中はまことに天与の道場であった。
(あそこなればこそ、それが出来た――)
ずっと後になっては、官兵衛自身ですら、時折に、その頃のことを思い、以て、とかくわがまま凡慮にとらわれ易い平時の身のいましめとしていたという事である。