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くろだじょすい
黒田如水
吉川 英治
「週刊朝日」朝日新聞社、1943(昭和18)年1月~8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 163,639 字 · 325 页
とりわけ人々の胸にすぐ考え出されていたことは、官兵衛の嫡子松千代の問題だった。質子として織田家に託されていたその子は、去年、官兵衛に対する信長の疑いと一時の怒りから斬首を命じられ、その首は、竹中重治の手によって、安土へ示されたということは、ついこの春さき頃、かくれもなく世上に語られたことで、誰の記憶にもまだ生々しいこととして残っている。
「かく身の証しは立っても、その子のすでに首斬られていることを知ったら、あの父の心はどんなだろう。……ここまでは一途に信義を守って来た士も、かえってこの先において織田家を恨むことになりはしないだろうか」
官兵衛の信義と、その生還の意外に打たれた人々は、ひいてはまた、こういう危険さも杞憂しあっていた。そしてやがて営門のうちへ入って行った戸板の上の人と信長との今朝の会見を想像して、異様な緊張を加えていた。
そこを入った戸板の担架と護衛の人々は、一時病人の戸板を、ふところの広い袖門の蔭におろして、信長の命を待っていた。
「おっ。……これが、官兵衛どのか」
前田又四郎は戸板のうえの人を見ると、そこまで駆けて来た足をすくめ、それきり次のことばもなくはらはらと落涙してしまった。