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くろだじょすい
黒田如水
吉川 英治
「週刊朝日」朝日新聞社、1943(昭和18)年1月~8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 163,639 字 · 325 页
窮極して、彼の思念は、そこへ行きついた。この境地には些々たる愛憎もなく現在の不平もなかった。早く健康に回って、天意にこたえんとするものしか疼いて来ない。
「初めから余り長湯を遊ばすとかえっていけませんから、きょうはこのくらいになされて」
と、亭主の左橘右衛門は、召使たちを督して、笊で何かをすくい上げるように官兵衛の体を移した。
その日は垢も落とさなかった。唯、一年間の頭髪が女のように伸びているので、わずかに櫛を加え、紐を以て結ばせたのみである。
虱のいない衣服を着て、やわらかな夜具の上に仰臥すると、身を宙に泛かせているような気がいつまでもしていた。
夜に入ると、後から栗山善助や母里太兵衛などが来て、その後の伊丹の戦況をつたえた。こんどは織田軍も敵に息つかせずに、なお余勢ある荒木村重の尼ヶ崎と花隈の二城へたいして、直ちに第二次の総攻撃が加えられるであろうなどといって聞かせた。
「また竹中殿には、松千代様をお伴れして、あれから間もなく信長様へお暇をのべ、播州へ下られました。――和子さまはしきりとお父上の側へ来たいような顔色でありましたが、初陣の意気ごみは格別で、お元気に竹中殿へ従いてゆかれました」