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くろだじょすい

黒田如水

吉川 英治

「週刊朝日」朝日新聞社、1943(昭和18)年1月~8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 163,639 字 · 325 页

青空文庫

官兵衛は馬を寄せて、ふたりのすぐ前まで行った。於菊は俯向いたまま、なお顔を上げないのである。官兵衛は、彼女が面を上げるまで待っているように眺めていた。

「於菊」

「……はい」

「いつ飾磨の家へ帰るか」

「…………」

於菊は、なぜか真っ紅になった。瞼は見せないが、泣いているらしいのである。彼女の足のつまさきに涙がこぼれた。

官兵衛は、涙の意味を覚らなかった。単なる別れをかなしむものとしか思わなかった。で、むかしのような気がるさでその哀愁をなぐさめた。

「まだ、当分はむずかしかろうが、三木城でも陥ちて、一と戦陣終ったら、また与次右衛門の家へも遊びに立ち寄ろう。……それまでには、そなたも飾磨へ帰っているだろうし……」

すると彼女の涙はなお速く頬を走った。見るに見かねたように、義兄の新七が、あわてて彼女に代っていった。

「殿さま。於菊はもう飾磨へは帰りませぬ」

「ほう。――此地におるか」

「どこに住むことになるやら分りませんが、さるお方と縁談がととのって、やがて嫁ぐことになりました」

「なに、他家へ嫁ぐか。……そういえば、もう嫁ぐ年頃だのう」

急に官兵衛も淋しさを抱いたようだった。