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くろだじょすい
黒田如水
吉川 英治
「週刊朝日」朝日新聞社、1943(昭和18)年1月~8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 163,639 字 · 325 页
若年、多くは帝都にいたと聞いている。それもたいがい大徳寺に参禅していたもので、ひとたび国許から合戦の通知をうけるや否、馬に乗って一鞭戦場へ駆け、また一戦終ると、禅の床に姿が見られたとは、都あたりの語り草にもなっている。
その戦場に在る日は、つぶ漆のあらあらとした鎧に、虎御前の太刀を横たえ、
コノ若殿、魁ニ御在セバ、軍中、何トナク重キヲナシ、卒伍ノ端々ニマデ心ヲ強メケル――
とは家中のみでなく一般の定評だった。軍学の蘊蓄は当代屈指のひとりと数えられ、戦うや果断、守るや森厳、度量は江海のごとく、その用兵の神謀は、孔明、楠の再来とまで高く評価している武辺でもある。
秀吉のごときはその渇仰者の随一人であった。彼がまだ洲股の城にいて、ようやく一個の城砦と狭い領土とをはじめて持ったとき、早くもこの若き偉材を味方に迎えんとして、半兵衛重治の隠棲していた栗原山の草庵へ、何十度となく、出廬を促すために通ったことは、世間にも余りに知れわたっている話である。
その事を、むかし漢土において、劉玄徳が孔明の廬を叩いた三顧の礼になぞらえて、
(羽柴筑前の熱心は、ついに臥龍半兵衛を、自己の陣営へひき込んだ)