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くろだじょすい

黒田如水

吉川 英治

「週刊朝日」朝日新聞社、1943(昭和18)年1月~8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 163,639 字 · 325 页

青空文庫

場所はいうまでもなく、伊丹城(村重が有岡城と改名)の本丸だったが、城中はどことなく騒然として、出征の身支度をした将士が、武者溜りにもいっぱい見えたし、諸門の口や廊下にも駆け歩いていた。

官兵衛は形のごとき挨拶をして後、

「近々に北陸へご出陣と承りましたが」

「さればよ。信長卿もご出馬あるので、今度はおそらく、北陸の一向門徒と、上杉謙信のあやつる与党の蠢動を殲滅し尽すまでは、われらも帰国相成るまい」

と、側にいる美しい侍女に酒を酌がせ、飲みほしたそれを、官兵衛にさし向けて、

「とんとご無沙汰しておるが、お汝の主家、小寺政職どのには、相変らずかな?」

と、やや嘲侮を唇にたたえていう。

その容子の裡には、何となく、現在の自己の勢威を誇って、いまなお播州の一地方に崛踞している者の妄と無能をあわれむような、二つのものが窺われる。

「はい。主人政職も、まずはつつがなくおられまする」

官兵衛は懐紙を以て杯のふちを拭い、村重の前に謹んで返しながら素直に答えた。けれど心のうちでは、その杯よりも心の狭い小器な人物よと、かえって村重の態度を愍然なものと見ていた。

主家小寺家と荒木家とは、いろいろな縁故から旧交浅からぬ間であった。