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ゆきのじょうへんげ

雪之丞変化

三上 於菟吉

「朝日新聞」1934(昭和9)年11月~1935(昭和10)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 344,083 字 · 673 页

青空文庫

二〇

今、門倉の平馬さんが、お引き合せになった通り、あっしは世間で、闇太郎と、ケチな渾名で通っている、昼日中、大手を振っては、歩けねえ人間でござんす。それでよかったら、これから先、お見捨てなくお願いいたしやす」

三斎は、ますます鋭い凝視を、飄乎たる面上に、注がざるを得ない。

土部三斎は、これまでの六十年に、実に、さまざまな人間を見て来ているのだった。将軍、大名、小名、旗本、陪臣、富豪、巾着切りから、女白浪――長崎で役を勤めるようになってからは、紅毛碧眼の和蘭、葡萄牙人、顔色の青白い背の高い唐人から、呂宋人まで善悪正邪にかかわらず、凡そありと凡ゆる、人間という人間に接して来ていた。しかし彼は、今目の前に見る江戸名打ての、大賊のような自他にこだわらず、何時も、悠々として、南山を眺め続けているような、自得の風格に染っている下郎に、会ったことはないのだった。

二〇

三斎は、しげしげと、闇太郎を見詰め続けたが、相手は例によって、膝を揃えて、坐ったまま、片手で顎を撫で上げながら、天井に目を向けて、平気な顔だ。

三斎は、日頃、自分の前へ出ると、いやに阿諛の色を見せたり、不安の挙動を示したりするような、人間ばかり見て来ているので、闇太郎のこの冷々とした物腰に、一層、心を惹かれるらしかった。