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ゆきのじょうへんげ
雪之丞変化
三上 於菟吉
「朝日新聞」1934(昭和9)年11月~1935(昭和10)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 344,083 字 · 673 页
牙と肉
一
神、ほとけが、さまざまなめぐみの手を差し伸べて下されて、わしをあらゆる難儀から救うて下さるのじゃ。
雪之丞の、昨夜の、生き死の難儀に対する恐怖すべき追憶なぞは、どこにも残っていないような態度で、自由濶達に、演技をつづけているのを、じっとみつめて、唇を噛んでいるお初の胸の中は、さてどんなものであろう?
彼女は、いきどおりに燃えて、三斎隠居一味に、彼の秘密を告げ口する決心が、ますますかたまってゆくのであろうか?
と、ばかりは言えなかった。
彼女は、美しく、たわやかで、その中に限りない凛々しさをほの見せている雪之丞の舞台すがたに、食い入るような瞳を投げつづけながら、罵り、もがき、もだえているのだ。
――意気地なし、甲斐性なし! 何という、しッこしの無いおいらなんだ! なぜ、あの小生意気な、上方ものを、あのままにほうって置くのだ? ああやって、昨夜の今日、平気なかおで人を馬鹿にするように、舞台を踏みつづけているあいつを、どう始末をする気にもならないのだ? お初、おめえは、この場から駈けつけて、申し上げます――あなたさまの、おいのちを狙っている奴が、ついそこにおります――と、言いつけることが、なぜ出来ないのだ? お初、おめえは、馬鹿か、阿呆か?