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ゆきのじょうへんげ

雪之丞変化

三上 於菟吉

「朝日新聞」1934(昭和9)年11月~1935(昭和10)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 344,083 字 · 673 页

青空文庫

滝夜叉譚

一

直きについたやつを、きゅっと引っかけた闇太郎は、独り言のように、

「どうも、権門、富貴の御馳走酒より、自腹の熱つ燗がこてえられねえな」

「親方は、大分いけると見えますな、もういい機嫌で、お出でなのに――」

「なあに――飲みたくねえ酒を飲まされた口直しさ」

と、若者は苦っぽく笑って、

「そういやあ、この河岸で、昨夜は、騒ぎだったそうじゃあねえか?」

「へえ。大捕物がありやしてね」

と、老人は、水ッ涕を啜って、目を輝かして、

「といったって、手も足もないような手先衆が、翼の生えている大泥棒を追っかけたんですから、捕まりっこはありませんよ。お蔭で大分、燗酒は、売れましたがね」

「ははは、――それじゃあ、その大泥棒が、とっつぁんにはいい恩人だったじゃねえか――」

闇太郎は、のんびり笑って、樽にかけた片足を、片一方の股の上に組むのだった。

滝夜叉譚

一

猿若町三座の中でも、結城孫三郎あやつりの常小屋の真向うの中村座は、江戸随一、撰りすぐりの名優を座付にして、不断の大入りを誇っていたのが、物の盛衰は理外の理、この春ごろから狂言の立て方が時好と妙にちぐはぐになって、ともすれば、軒並のほかの小屋から圧され勝ちに見えて来た。